アメリカよさこい民俗誌2

 

  • 要旨

2021年11月12日コロンビア大学の文化人類学部ラウンジにて、フィールドであるニューヨークのよさこいチームのメンバーにインタビューをを行った。テーマは「文化学習とアイデンティティ」で、「どうしてよさこいを始めようと思ったのか」「日本の言語や文化を勉強する理由とは?」など、2人のメンバーに色々な質問をした。その中で日本文化を海外で広めることの意義や、アメリカで日本語を学習する意味などが明らかになったため、ここで共有したい。

 

  • インタビュアーの紹介

今回はジェイミーとアンナちゃんという2人の踊り子にインタビューをした。2人はよさこいチームに最初のワークショップから参加してくれている踊り子で、ジェイミーは24歳で比較文学専攻の学生、アンナは18歳で国際ビジネス科の学生である。私、アンナちゃん、ジェイミーはとても仲が良く、練習の日以外でも3人でMidtownの図書館へ集まって一緒に勉強したり、ジェイミーの主催する読書会に参加したり、何でもない日にギリシャ料理を食べに行ったりする関係だ。

アンナちゃんとジェイミーはたくさんの共通点を持っている。どちらもニューヨーク生まれ、ニューヨーク育ちの若者で、芸術系の高校を出て大学生をやっている。2人とも日本語を10年以上勉強していて、流暢に話すし、読む。英語だと口が悪いところも一緒。自分の意見をはっきり持っていて、マイノリティの権利を真剣に考えているところも似ている。それに二人とも辛い物が好き。中華料理屋でアンナちゃんは辛い串焼きにさらに唐辛子を振りかけるほど。ジェイミーもハラルフードの屋台で必ずホットソースのかかった鶏飯を頼む。新しいことを学ぶことを怖がらないし、むしろ好きみたいなのも同じ。

けれど、一方で2人はすごく対照的だ。ジェイミーは長髪だけど、アンナちゃんは短髪。ジェイミーの得意分野は音楽だし(彼はドラマー)、アンナちゃんはダンス。祖先をメイフラワー号に持つジェイミーははっきりと自分をアメリカ人だと思っているし、日系2世のアンナは自分を日本人として捉えている。ジェイミーは日本の大学に通いながら将来はアメリカに住むつもりだし、アンナちゃんはアメリカの大学に通っていても日本で就職して家族と日本へ帰る気がしている。

今回はそんな2人に、①自己紹介、②よさこいに参加した理由、③日本語を学ぶ意味、④日本文化を学ぶ意味、⑤自分のアイデンティティとそれを形成したもの、⑥ニューヨークで日本の言語・文化を身に着ける大変さについてインタビューを行った。

 

  • インタビューの環境

インタビューは屋内、3人だけの教室で行い、言語は日本語で行った。ビデオを撮影しながら1時間ほど話した。質問は事前に明かされず、その場でインタビュワーに答えてもらった。

 

  • インタビュー

①自己紹介をどうぞ

アンナちゃん:アンナです。ニューヨークの大学で国際ビジネスを勉強している大学1年生です。ひなのちゃんのよさこいチームで副代表をしています。ニューヨーク生まれのニューヨーク育ち、両親が日本人です。

ジェイミー:ジェイミーです。東京大学の学生(リモート)で比較文学の研究をしています。修士2年生です。同じくニューヨーク生まれのニューヨーク育ち。ドラムはずっとやってたけど、踊りはよさこいが初めて。日本語を15歳の時から勉強していて、こんな感じで日本語が話せます。(流暢)

 

②どうしてよさこいに参加してくれたんですか?

アンナちゃん:えっと、私は高校生の時にダンス部を立ち上げたんだけど。それが潰れちゃったのと、私が卒業して大学に入ったのとで、踊る機会が無くなっちゃって。たまたま大学入学直前、ダウンタウンのイベントでひなのちゃんが踊ってるのを見て、カッケーってなって。部活的な感覚でよさこいチームに入りました。あと、高校卒業するのと同時に補習校(移民2世に向けて日本語の読み書きを教える学校)も卒業しちゃって、日本語話す機会が無くなっちゃったのもある。まあ、あとは日本的なものと繋がっていたくて。自分のアイデンティティというか、日本人としてのheritage(遺産)を大事にしたい。あと日本の伝統的なものと現代的なものが混ざったやつ好き。

ジェイミー:俺はまあ、アンナちゃんみたいにアイデンティティの確認的な要素は無くて、ひなのちゃんやアンナちゃんとか、友達に会いに来てる感じかな。最初にひなのちゃんに会ったのは、毎週金曜夜にミッドタウンで開催されてる日本語学習のミートアップかな。そこで何回か会ううちによさこいに誘われて。9月頭のワークショップが最初だったけど、ひなのちゃんと快くん(日本から夏の間だけ来ていた振付師)がすごくポジティブなパワーを持ってて、もっと接したいな~と思ったから参加したよ。あとアンナちゃんも言ってた、8月のイベントでのパフォーマンスが印象的だったのもあったかも。

 

③日本の言語を学ぶ意味ってなんですか?

ジェイミー:俺は英語と中国語と日本語が話せるんだけど、そうねえ、特に日本語を勉強してるのはやっぱり日本の社会が自分にとって違和感のないものだからっていうところもあるかな。高1の時に日本語を選択授業で取ったのは、中学まで勉強してたラテン語の授業が無かったから、という単純な理由だったけど。最終的に日本語を選んで日本の大学に入ったのは社会的な理由かな。漢字が好きだから中国語もかなりやってたんだけど、中国に行ったときに競争社会の激しさとか一党独裁の現実とか分断とか、まあ色々見てね。自分が中国語をマスターした先に、この社会に溶け込みたいか?って思った時、ちょっと違うなとなったんだ。まあかと言って日本社会の一員になりたいという訳ではないんだけど、でも慶応大学に交換留学していた時は中国に居て感じたような抵抗感は感じなかったからね。だから日本語を選んで東京大学の学生をやっている。翻訳を勉強して比較文学の研究なんかやっている。日本語を始めた結果、こんな人生になるとは小さい頃は夢にも思わなかったよ(笑)

アンナちゃん:日本語を勉強する意味・・・いつか日本で暮らすんだと思いながら生きてきたから、そのためには日本語やらなきゃってずっと思ってた。私は両親が日本人だからかな、生まれも育ちもアメリカだけど、いつか日本に「帰る」って思ってきた。えと、一応小さい時、3歳くらいの時は英語より先に日本語が話せたみたいだけど、日本語がMAX話せたのはたぶん補習校通ってた時で、今はちょっと下手になってきてる。お父さんとお母さんは日本語で話すから、聞き取りと会話はいいんだけど、アメリカで普通に過ごしてると漢字とかの読み書きが全然できないまま育っちゃう。(筆者注:アンナちゃんはほとんど不自由なく漢字を含めた日本語の読み書きができる。ジェイミー主催の読書会で坂口安吾や小泉八雲を難なく読んでいた。同じ期間補習校に通っていた同級生の中にはほとんど読み書きができるようにならないまま卒業した生徒も多いなか、アンナちゃんはかなり頑張って漢字などの読み書きを身に着けた様子。) でも自分のことを日本人だと思ってたから、日本人でいつづけるために、日本語の勉強、頑張った。

ジェイミー:日本に「帰りたい」かあ。アンナちゃんにはぜひ水村美苗の「私小説」を読んでほしいな。もう一つ、俺にとっての日本語を学ぶ意味としては、言葉を話せることで顔のない人が顔のある人に代わるからかなあ。例えば俺が英語しか話せなくてね、ひなのちゃんが日本語しか話せない場合、同じ場所に居てもコミュニケーションが取れないからお互い「白人がいるなあ」「アジア人がいるなあ」で終わっちゃうわけね。でも俺とひなのちゃんが日英両方喋れることでひなのちゃんは「アジア人」から「ひなのちゃん」になるんだよね。そこが嬉しい。

 

④日本の言語だけじゃなくて文化を学ぶ意味はなんですか?

ジェイミー:俺の場合は比較文学の研究者になるにあたって、翻訳するためには言語の背景にある社会を理解しないといけないからだね。慶応に交換留学した学期を除いて、日本語を勉強してきた場所はずっとアメリカだったから、日本の日常で起こる細かい感覚とか語彙とかがまだ得られてない感じがするんだよね。だからこそ日本の文化と接するし、何というのかな、自分の日本語にまつわる能力と経験を正当なものにするために、何より長期間で日本に住んでみなくちゃいけないなと思うよ。だからこそ東京の大学に入って日本に入ったのに、コロナで渡航できてない・・・。まあその話は置いといて、ちゃんとした翻訳者になるために文化も学ぶ必要があるかな。

アンナちゃん:日本に実際住んでみたっていう点で、私は小学校の夏休みの時に岐阜にある小学校に毎年体験入学してたんだけど、思い返すとそれって幸せな経験だったのかなって疑問に感じる。岐阜の小学校って1学年10人くらいしかいなくて、4週間のうち最初の2週間はみんな「アメリカ人の子だー」って珍しがって近づいてくるんだけど、飽きると全然相手にしてくれなくなるのね。っていうか私は日本語も話せるし、日本の国籍も持ってるし、自分では日本人だと思ってるのにあそこでは「アメリカ人」で・・・って。あと癖で英語混ぜて日本語喋ると「かっこつけてるの?」って言われるのもWhat the hellって感じだった。アメリカだと日本人で、日本だとアメリカ人で。お母さん曰く私は毎年夏は体験入学に行きたがってたらしいけど、それって本当に行きたがってたのか、ただ行くものって思ってから「行きたい!」って言ってたのか、日本人になるために必要な経験だってなんとなく思ってたから行きたがってたのか・・・とか。今考えると色々疑問。日本の学校にもちゃんと通ってた(筆者注:アンナちゃんは日本の中高の卒業証明書も持っている)っていうのは文化的に自分を裏付けようとしてたのかも。

ジェイミー:あー、小学校高学年くらいの時って一番アイデンティティ揺れるし、他の人の言ってることが気になるし、ちょっとキツいねえ、それは。

 

⑤日本語を自分のアイデンティティの一部だと思いますか?

ジェイミー:うーん。俺が日本を自分のアイデンティティの一部にするのってちょっと難しいのよね。確かに俺は日本語を10年以上勉強していて、いまや毎日英語より日本語の方が話す量が多いくらいなんだけど。なんというか、日本語とか日本文化は自分の一部って言うのはちょっと罪悪感を感じるのね。逆に日本語が怪しくても親が日本人ならアメリカ生まれの子は自分を日本人と言って正当だと思うけど、俺はいくら日本語が話せても白人なわけだし、そういう子たちよりずっと話せても日本をアイデンティティの一部だとは感じられないかなあ。一種、文化の盗用(Cultural Appropriation)みたいな気持ちになっちゃう。

私:この前話したPerformativity理論っていうのも関係ありそうだよね。(筆者注:パフォーマティビティとは、何か現実があって、それを説明するという関係性を逆転させることを言う。 つまり、説明するという行為が、現実を構成すること。例えば、花嫁は元から花嫁であるのではなく、神父の「花嫁になることを誓いますか?」「はい」という言語行為によって、花嫁と言う現実になる)。アメリカ生まれアメリカ育ちの子たちにとって、日本人の親が居るとか、日本語は話せるとか、日本文化の活動に参加するとか、そういう適切な条件・場面で適切な言語行為を行うことによって、日本人としてのアイデンティティを構成していくという。逆に言えば、いくら言語ができても適切な条件下でパフォーマンス(言語行為)をしないとアイデンティティの獲得ができないという。ジェイミーの場合は、日本のheritage(遺産)が無いという条件が適切なパフォーマンスの認知を妨げてるのかも。

ジェイミー:そして、アンナちゃんがこうしてよさこいを習って他の人の前で発表することは、日本文化の担い手としてお客さんから認められることでより日本人としてもアイデンティティを強化するパフォーマンスとして機能するのかもね。

 

⑥自分のアイデンティティは何ですか?

アンナちゃん:前はずっと自分は日本人だと思ってたけど、今はアメリカ人と半分半分くらいになったかも。でも100%こうって決められるわけじゃない。日本の大学に入るかアメリカの大学に入るか迷ってた時に、名古屋大学に見学に行ったことがあるんだけど、帰国子女枠の入試案内されたのね。え、私日本住んだことないけど、帰国子女なの?ってびっくりした。どっちかっていうと留学生枠だと思ってた。そして私と同じようにアメリカで育った友達なんかは日本人枠で大学に入ってて。もはや私は日本人なのか、アメリカ人留学生なのか、帰国子女なのか・・・。日本人でもあるし、アメリカ人でもあるの。私にどっちかの国籍を捨てろなんて言わないでー。どっちも私なのー。

ジェイミー:はい、日本政府さんお願いします。実際、こうして現実の人間が両方のアイデンティティで生きているわけだからね。俺に関してはまあアメリカ人だけど、自分の国籍とかアイデンティティってそもそもそんなに意識したことがないんだよね。言語学では有標・無標(marked/unmarked)という概念があるんだけど、俺はunmarkedなアメリカ人だからね。(筆者注:ざっくり言うと無標(unmarked)とは一般性が高い事象で、有標(marked)とは一般性が低く、特殊な事象。有標のほうは、特殊なので標識をつけなければいけない(markしなければいけない)。ここでは、キリスト教系の白人であるジェイミーはスタンダードなアメリカ人のイメージなので、わざわざ自分のアイデンティティというラベルを意識する必要がないことを指している。)

アンナちゃん:アメリカ人とか日本人とかは決めきれないけど、補習校で「あなたたちは奇跡の子なのよ。アメリカと日本は戦争をしていたのに、あなたたちが生まれたんだから。あなたたちは日本とアメリカの架け橋になるのよ」って言われたことはある。

 

●まとめ

よさこい(および日本文化の活動)に参加することは、アンナちゃんのような日系人にとってはアイデンティティの獲得・強化につながり、ジェイミーのような非日系人にとっては言語学習・文化学習の機会となっていることがわかった。また、ジェイミーのように日本人としてのアイデンティティは無い場合でも、翻訳者もしくは研究者というアイデンティティを確立するための素材として日本の言語および文化が求められていることがわかった。さらに、二人は継続的に言語や文化の学習を続けたことで、日本の大学院に入学したい、もしくは日本で就職したいといった動機を抱くようになった。外国において日本語学習・日本文化学習の機会を多く提供することは、外国からの人材を日本に取り入れることにつながるようだ。また彼らのモチベーションを切らさないためにも、一時的な接触ではなく、継続的な機会が必要となる。そしてアメリカという多国籍社会においては特に国籍にまつわるアイデンティティの確保というのは個人の実存を支える重要な要素になっていることもわかった。日系移民にとって日本語の学習機会は経済的・社会的な必要性を超えて、自己を定義・確立するために必要な一要素になっている。あとなんだ、ジェイミーが日本語を選んだ理由にすごく日本のソフトパワーを感じた。これは日本礼賛とかでは全くないんだが、やっぱり「なんとなく社会に参加するのに抵抗感が無い」とか「アニメとかで楽しいイメージある」とかで日本語を勉強し始める人はたくさん居て、それって最終的にジェイミーやアンナちゃんのように、実際に日本と外国の架け橋になる人材の育成に現実的につながっている。めちゃくちゃふわふわ捉えにくくて定量評価しにくいパワーなのがとてつもなく厄介なんだが、これ(ソフトパワー)をちゃんと扱えるように理論としてトントン整えていきたいわね・・・などと思いました。